トロワ姫と愉快な仲間たち   《 投稿作品 vol.33 》
 
作品名 : トロワ人魚姫と王子様
   王子様 : トレーズ 投稿者 : どむ さん

 トロワはひとり、夜の帳の中、船室を巡る廊下を歩いていた……行き先は、公太子の寝室である……己にかけられた、呪いをとく為に。
 トロワにかけられた魔法の呪いは、残酷なものであった。トロワの音楽的な声と引き換えにもらった「ひと」としての姿。そして、1週間以内に自分の想い人を手に入れる事が出来ないと、トロワは海の泡となって消えてしまうという……それは、トロワ自身が望んで受けた魔法だ。
 トロワが望んだその相手は、ある公国の公太子だった。嵐の夜、船から海に落ちた彼の人の姿を見、一族の掟をやぶってまでしてトロワは彼を助けた。若い姿のまま300年生きられようとも、彼の人の居ない世界に自分は居たくはない。それだけ、彼の人の側に居たい、と言う気持ちが押さえられなかったのだ───彼の人に、恋をしたから。

 魔女の魔法の薬の力によって、トロワは「人魚」の姿から「ひと」の姿に変わった。声を失い、何もない姿で海岸に倒れていた処を、トロワは想い人に助けられた。
 トロワを助け起こした公太子は、トロワの初夏の万緑を映した湖の様な瞳を覗き込み、軟らかく、そして威厳のある声で訊ねた。
「君の名は…?」
 声を持たぬトロワは、ただ吐息を漏らすように口を動かすだけだった。
「そうか、何もないのか。ならば、私は君を『トロワ』と呼ばせてもらおう。私が生死を彷徨った中で見た、美しい海の精霊の名だ」
……そう言って、自分を『トロワ』と呼んでくれだ。得体の知れない存在である筈の自分を、常に共にし、特に大切にしてくれていたのだ。
「君を、いつまでも側に起きたい。いや、いてもらおう。君が厭じゃなければの話だが」
……それだけで、トロワに幸せを与えてくれた。
 あのアイスブルーの瞳で見つめられ、絶対的なカリスマ性を誇る威厳のある声で話し掛けられると、もう、その瞳に逆らえなくなる……それだけで幸せだった。ずっと側に居られれば。
 しかし。隣国の王女との婚約が決まり、彼の人は隣国へ行かなければならない……もう、側にいる事も出来ない。この夜明けと共に、トロワは海の泡となるしかないのだ。
 最後の夜、トロワの姉達がトロワに短剣を託した。
「この短剣で、公太子を殺しなさい。そうすれば、また私達と一緒に海で暮らせるのよ」
……姉達の長く、美しい髪が短く切られていた。魔女の呪いを解く交換条件にしていたのだ。声を失ったトロワに返事は出来ない…只、姉達を悲しませる事が出来ず、トロワは短剣を受け取ったのだった。
 トロワの想い人、トレーズ・クシュリナーダ公太子───ロームフェラ公国大公位第一位継承者である。

 短剣を携え、公太子の寝室のドアノブに手をかける。音を立てない様にそっとドアをあけると、部屋中に薔薇の芳香が広がっていた。トロワは豪奢な天蓋付きのベッドの方へゆっくりと歩き出した。
 トロワの鼓動が速くなる。
───彼を殺さないと、俺は泡となって消えるしかない。しかし……
 短剣を持つ手が震える。それでも、ベッドの方に何とか近付き、公太子の姿を確認した。
───トレーズ……
 アイスブルーの瞳と、絶対的なカリスマを誇る雰囲気の彼の人は、今は静かに眠りについている……この側で、この暖かさに包まれ、何時も自分は幸せを感じていた。
 自分の理想の為に、平和を愛する人の為に、全てを正してきたこの人が、何故、こうもあっさりと、結婚する等と周りの意見に流される様な返答をしたのだろう。
 大公位継承権争いの中、常に命を狙われていたトレーズは、自分に最も仕えてくれた乳母の娘レディ・アンを己の身替わりに失ってしまってから、誰1人も妻を迎える気はなかったと言う。
 そんな彼が、トロワを見初めた。海中の幻影の中で見た、己の魂を救った精霊の姿によく似ていたからだ、と言う。そんな理由であったにしろ、彼はトロワを何よりも大事にしてくれた。
───やはり、俺は只の「飾り」でしかなかったのか……
 トロワを犠牲にして、トレーズは政略を選んだのだろう。
───それでも……俺は……
 トロワは短剣を振り上げた。
 剣の先が震えている……迷っているのだ。普段のトロワなら考えられない迷いだ。彼を仕留めるべきか、それとも……
───愛していた……
 そして、その短剣を振り下ろそうとした時。
「!!」
 トロワは手を掴まれた。
「落ち着きたまえ、レディ・トロワ」
 眠っていた筈のトレ−ズが、トロワの方を見ながらその手を押さえていたのだ。
「暗殺者にしては殺意もなく、迷いがある……君らしくない、トロワ」
 そのまま、ベッドの上で上半身を起こした。トロワは驚きに目を丸くしてトレ−ズを見返す。
「君も、私を殺す様、仕向けられた1人だったのか?」
 トレーズは、ロームフェラ公国に於いて、公太子という身分であるだけでなく、政治的にも現大公の力を凌ぐ能力を発揮していた。役職の登用にも、家柄しか持たない貴族だけを重要視せず、有能な人材を平民からも登用している。彼のカリスマ性とその手腕は、国民全てから尊敬されているのだ。ロームフェラ公国は、隣国サンクキングダムによって公爵に封じられた公国と言う身分なのだが、トレ−ズが公太子となってからと言うものの、産業、政治、外交、全てにおいての国力が、一・王国に匹敵するものとなる程で発展を遂げた。いまや、国力に於いて、サンクキングダムとの力関係が逆転している状況に近い位だ。
 それだけの存在だけに、トレ−ズには敵が多い。トレ−ズを排し、自分の権力と財政の安定をはかりたいもの、國を治めたいと思うものは数多だ……トレ−ズより8つ下の第二公子に大公位を継がせ、後見になる事を目論んでいるものもいる。
 その事をトロワに訊ねた訳なのだが、トロワは只、力なく首を振るだけだった。
「しかし、私は君になら殺されても構わない。どんな理由かは聞かないでおこう……さぁ、刺したまえ」
 言いながら、ベッドから立ち上がり、無防備な姿を曝け出す。アイスブルーの瞳がトロワに向けられ、トロワのダ−クグリ−ンが少しづつ霞を帯びていた。
───駄目だ…
───俺には、出来ない…
 トロワはその場にへたり込んでしまった。トレーズは、そのままトロワの処に歩み寄ってくる。
「ならば、君にこんな不粋なものは似合わない」
 そう言うと、トレーズは短剣の柄からトロワの指を1本づつ外し、短剣を取り上げてしまう。それをサイドテーブルにおくと、そのテーブルに置かれた花瓶から一際美しい真紅の薔薇を一輪、取り出した。
「やはり、君にはこれが一番よく似合う」
 言いながら、トロワの髪にその薔薇をさす。そして、あのアイスブル−がトロワを見つめてくるのだ。
───この瞳に、俺は捕われているんだろう…
───でも、これも、もう最後だ…
 夜明けと共に、自分は消える……一刻も早くこの場を離れなければ。
 知らず知らずのうちに、トロワの白磁の頬を雫が伝っていた。このまま、自分が不自然に消えてしまったら、どう思われるだろうか…そんな事迄考えながら。
「何を泣く事があるのか?まるで永遠の別れの様に…だ。君には、もう未来がないとでも言いたいのか?」
 そう、トロワにはもう未来はない。そうだ、と言う意味を込め、ゆっくりを首を縦に振った。
 しかし。
 トレーズが続けた言葉に、トロワは目を見開いた。
「それは私も同じだ───まだ話していなかったね、トロワ。私は、ロームフェラの民の発展を願って全力を尽くして来た。しかし、老重臣達の間からは、私は良く想われていない。私は、公太子の身分を第二公子───ヒイロに譲ろうと想う。今は傀儡が出来たと喜ぶ老重臣達も、やがてヒイロに排されていくだろう。当然、サンクキングダムのリリーナ姫と婚姻を結ぶのも彼の役目だ。私は……ルクセンブルグの城に陰棲することになる───私には、君だけ残ればそれで良い、トロワ」
 トロワの頬を流れていた雫を指で拭い、顔を自分の方に向けさせる。トロワのダークグリーンの瞳に、アイスブルーの貴公子の姿だけが映る……それがそっと近づいて、トロワは瞳を伏せた。そして、唇に軟らかいものが触れた時
「ずっと私と共にいてくれるな?私の愛しいレディ・トロワ」
───ぱりん。
 トロワにかけられた呪いが溶けた瞬間だった。海の泡となって消えることもなく、トレーズを失うこともなく、このままずっとこの瞳に捕われて生きていられるのだ。
 トロワの口から、吐息ではない音楽的な声が───あの嵐の夜、トレーズが生死を彷徨った時に聞いた海の精霊の声と同じ声が、初めてトレーズの耳に届いた。
「……了解………した………」



 かくして、夜明けと共にトレーズは公太子位を返上、トロワとわずかな従者を伴ってルクセンブルグへ離脱。その後は、エレガントで幸せな陰棲生活を送っているらしい。
 代りにヒイロがロームフェラ公太子となり、トレーズの親友でサンクキングダム王太子ミリアルドの妹にあたるリリーナ姫が嫁いでくることになった訳です。
 目の上の瘤がいなくなったと喜んだデルマイユを始めとするロームフェラの老重臣一同は、実はトレーズ以上の実力者のヒイロにあっさりと権力を奪われてしまうのでありました。


どっとはらい


■ 投稿者の方からのメッセージ ■

 過日は突然のメ−ルを失礼致しました。此処の作品に触発されて、いざ書こう!と思ったは良いものの、無駄に長い上、何故に相手はトレーズ?……と、ツッコミ三昧です。いえ、書いてみたかったんです13×3。トロワが「レディ」と呼ばれてますのも、特に深い意味はありません(……自分は乙女トロワも好きですが)しかし、どう転んでもギャグにしか見えません、これ。ここ迄臭い台詞が続くと、幾ら真面目に進行してもギャグにしかならないのがよ〜〜〜〜〜〜〜く判りました。そうでもないと、こんなもの見れません……モニタの前で「何だよこれ!」と笑っていらっしゃる事を祈っております。否、怒ってますよね…?
 ……こんなモンですみません。眞、對不起。



■ from 管理人 ■

このコーナー初の、トレーズ閣下の登場ですね(^-^)。私も、トレーズとトロワという組み合わせ、とても好きですvvv 全然ギャグなんかになっていないですよ!前作同様、こちらも素敵な作品だと思います。投稿、ありがとうございます。

それにしても閣下は、オリジナルの設定からしてああいう設定でしたから、公太子という立場も、とてもよく似合いますね(笑)。薔薇の芳香が漂う部屋の中、天蓋付きのベッドに眠っていても、閣下ならば似合うと思いますし、許される(笑)と思います。そして自分に向かって短剣を振り下ろそうとしたトロワに向かって 「 君になら殺されても構わない 」 と告げるシーンや、トロワの手から短剣を取り上げて、その代わりに真紅の薔薇を髪にさしたりしてしまうシーンなども、閣下が格好良くて凄く素敵だと思いました。

そして、この作品は結末までもが、オリジナルを彷彿とさせるものになっているのですね。とはいえヒイロに国を託した閣下が、オリジナルとは違う 「 隠棲 」 という方法を選んでくれて良かったです。これならば、これからもトロワと二人で幸せな生活が送れますものね。ルクセンブルグで、エレガントで幸せな陰棲生活を送っているそうで、めでたしめでたし、ですね(^-^)。

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