 |
トロワ姫と愉快な仲間たち 《 投稿作品 vol.27 》 |
|
作品名 : トロワ人魚姫と王子様 |
王子様 : ヒイロ | | 投稿者 : みのせ さん |
「お願い、お願いだから、トロワ……姉様の言いつけ通りにしてね。ちゃんと守るのよ。そうすれば、また、みんなと一緒に海で暮らせるのよ。昔と同じに……」
かきくどく声は、波の音に紛れて、微かになっていく。
甲板から、身を乗り出すトロワの、柔らかい髪に、冷たさを増した、潮風が、音を立てて、吹き付ける。
普段は前髪の下に隠れたままの、翡翠色の双眸を、凍りつくような月明かりの下にくっきりと浮かび上がらせると、冷えきった頬を一撫でして、波間に還っていく。
「トロワ……約束を守ってね……トロワ、トロワ……」
もう、いくら、瞳を凝らしても、海面に留まることのできる時を使い果たして、海の底へ戻ったのだろう、キャスリンの栗色の髪を、見つけることはできなかった。
トロワは、細くため息をついて、手の中のものに視線を落とした。
細身の小さな、一見、おもちゃのような華奢な短剣。
けれど、その切先の鋭さは、見紛うことなく凶器であることを示している。
「これで、ヒイロ王子の、胸を突くのよ。魔女に作ってもらった特殊な剣だから、一突きしただけで、必ず、狙った相手の命を奪うことができるわ。トロワ、お願いだから、今すぐにやると、約束して、お願い……お願い……もう、時間が無いのよ。」
いつも優しいキャスリンが、泣きながら、叫んでいた姿が蘇る。
夜風に冷やされて、色を失った可憐な唇を、かみ締めると、短剣を握り締めたまま、一等船室への階段を降りた。
豪奢な覆いをはねのけると、羽枕の上で、何も知らぬ気に夢の中を彷徨う、ヒイロ王子の元に近づく。
トロワの先の細い、優美な指先が、眼を覚ます気配のない、ヒイロのシャツのボタンをゆっくりとはずしてゆく。
細身だが、無駄の無い筋肉に覆われた胸が露になると、心臓の辺りにそっと掌を当ててみた。
暖かい感触とともに、トクトクと、確かな生命の息吹が伝わってくる。
隣国最大の都の沖合いに錨を降ろしている、この船は、夜明けと共に、出港する。
入港すれば、王子の到着を待って、すぐに結婚式は執り行われる手筈になっている。
夜の終わりを告げるように、天を彩っていたあまねく星達も、その姿を隠し始めている。
自分に残された時は、もう僅かしかない。
ここで、全てを短剣の一振りとともに、終らせなければ、もう未来は無いのだ。
切れ長の瞳が、強い決意に、薄暗い船室の中で、宝石のように瞬く。
震える手に、短剣を握りしめると、ヒイロの胸に向かって思い切り振りかぶった。
「ん…………」
だが、その瞬間、ヒイロが身じろぎして、仰向けになっていた顔を、トロワの方に向けた。
ハッとしたように、動きを止めたトロワの掌が緩んで、細い柄が、スルリと、その華奢な手から滑り落ちる。
ヒイロの裸の胸に向かって。
「!!…………」
何を考える間もなく、手を伸ばしていた。
「!……っ…………」
トロワの声を失った唇から、ほんの一瞬、苦痛の吐息が洩れる。
ヒイロの胸を、刃先から、守った手の甲から、細く鮮血が滴り落ちていく。
拭いもせずに、立ち尽くすトロワの足元に、カタンと、剣の落ちる音が響いた。
すまない……姉さん、約束を守れなくて。
本当は、最初からわかってた、俺にヒイロを殺すことなどできるはずがないと。
いつもの俺なら、多分、はっきりそう言ったろう……でも、もう二度と会えないだろう姉さんを、悲しませたまま、見送りたくなかった。
どうやら、俺は暗殺者としても失格らしい……。
小さめの口元に、微かな笑みを浮かべて、もう一度、ヒイロの顔を覗き込む。
あの、嵐の夜に、こんな風に気を失って、瞳を閉じたまま、波間を漂っていた彼を助けた時から、全てが始まったのだ。
恋や、愛のなんたるかも知らなかった自分が、この温もりの側に居たいと、そう思いつめた瞬間、家族も友人も、声さえ捨てることも、厭わずに、気がついたらここまで来てしまった。
見るたびに愛しくて、苦しくて、胸に迫る痛みを隠し切れずに、幾夜を眠れずに過ごしたことか。
それでも、あの怜悧な瞳が、自分を見つめて、あの唇が、他の誰でもない、自分の名を呼ぶ。
それだけで、何を捨てても悔いないほど幸せだった日々。
深緑の瞳に映るヒイロの姿が、不意にぼやけた。
自分でも知らぬうちに、零れ落ちていた涙を、着ていたシャツの袖で無造作に拭う。
愛しい面差しの全てを心に刻みつけるかのように、瞬きもせずに、ヒイロの姿を視線に捉えると、身を屈めた。
閉じた唇を、柔らかく、包み込むように、そっと触れるだけの口付けを落とす。
瞼を閉じたままの精悍な顔に、白い頬を寄せた、トロワの長い睫から、静かに、光るものが溢れる。
吐息さえ感じられる程近くで、最後の囁きは、無音のまま、波の音だけが遠く響く部屋の中に零れ落ちていった。
さよなら……ヒイロ。
伝えることはできなかったが、俺は、お前に会えて、幸せだった。
声を失った俺を、お前らしくもなく疑いもせずに、側に置いてくれたこと、感謝している、心から。
本当は、一緒にいたかった、今も、これからも、ずっと。
けれど、どんなことにも、終わりはある……もう少し、遅く来てくれたらと願ったが、これも、運命だろう。
何も言わずに消えたりしたら、お前は怒るだろうな。
二度と会えないから、謝ることさえできないけれど。
でも、いつも、お前を愛してる……信じてる。
どこにいても、誰といても、お前がお前らしく生きていくことを信じてる。
お前の選び取る道が幸せであることを祈ってる。
夜明けは、すぐそこまで迫っていた。
細い肢体が、ベッドから、一歩離れると、身を翻した。
もう、振り向きもせずに、船室のドアを開けようと、トロワが手を伸ばした瞬間。
「待て。どこへ行く?こんな夜更けに。」
知らない人間には、冷たくさえ聞こえる、硬質の響きが、もうドアを開けかけていた、トロワの鼓膜を打つ。
「!!?…………」
反射的に振り向いた、視線の先に、豪華なベッドから半身を起して、はや、床に片脚を下ろしているヒイロの姿が飛び込んでくる。
「何の真似か?そう、聞きたいのは、こっちの方だ。お前にしては、珍しく、気配も消していなかったから、入って来たときから、気がついていた。」
靴に突っ込んだばかりの、つま先が、トロワが落としたまま、床に転がっていた短剣を軽く蹴った。
「物騒なものを持ってきたたわりに、殺気は感じられなかったな。最も、お前に本気で、寝込みを襲われたら、俺でも、無事でいられる保障はないが…………トロワ!」
呼びかけられて、薄暗い船室から、一歩踏み出しかけていた、ほっそりした姿が、凍りついたように、動きを止める。
今にも、薄い羽を広げて、飛び立って行ってしまいそうに、半分開いたドアを片手で押さえて、静かに見つめ返すトロワを、驚かさぬように、ゆっくりと近づく。
「待て、と言った筈だ。傷を、見せてみろ。手当ては、ちゃんとしておいた方がいい。」
ヒイロの、体のわりには大きめのしっかりした手が、トロワの細い手首に、痛みを与えないように、柔らかく触れてくる。
「…………」
ランプの光の届かない、暗い場所でも、これだけ近くにいるせいか、トロワが微笑むのがわかった。
僅かに、周りの空気が揺らいだ。
「おい!トロワ!!」
闇に溶け込むように、消え去った温もりに、ヒイロの伸ばした指が、空しく宙を彷徨う。
身のこなしの軽さ、しなやかさでは、ヒイロといえども、トロワには遠く及ばない。
五感を研ぎ澄ませて、既に視界からは完全に消えさった痩身の気配を探ると、上甲板へと続く階段を駆け上がった。
今にも、遥か水平線の彼方へ消え去ろうとする月が、人気の無い甲板の上を、今宵最後の光で、蒼白く照らし出す。
「トロワ!どこにいるんだ?トロワ!」
いくら、呼びかけても、あの形の良い桜色の唇は決して答えを返すことはできない。
そんなことさえ忘れるほど、不吉な予感に煽られて。
必死で、見慣れた薄い背中を捜し求める。
やっと、船尾の手すりの上に、こちら向きに腰掛けて、遥か眼下の海を見下ろしている、薄茶色の髪を見つけた時には、心臓の鼓動は外からも聞こえるのでは?と思えるほど、激しくなっていた。
気がついているのは、間違いないのに、柔らかそうな髪に包まれた小さな頭は、頑なに動かない。
「トロワ、いったい、どうした?いくら、お前でも、そんなところに座っていては、危険だ。早く降りて来い、ほら。」
顔を上げた、トロワの右手が、掌を開いたまま、すっと前に伸ばされる。
間違える筈もない、止まれ、という合図に、抱き上げようと、手を伸ばしかけていたヒイロの足が、ピタリと止まった。
「トロワ……泣いてるのか??」
波の音だけが、微かに聞こえる甲板に、蒼白く浮かび上がる、滑らかな頬には、あきらかに濡れた跡が窺える。
それでも、いつも通り、静謐な美しさを湛える、深い緑の瞳は、ヒイロの顔を見上げると、フワリと丸くなる。
星の光もかき消えた、暗い夜空の中で、その静かな微笑みだけが、帰り道を明るく照らす満月のように、暖かな光を放っていた。
「泣くな……お前に泣かれると、この俺としたことが、どうしていいかわからなくなる。何か、欲しいものがあるのか?俺にできることなら何でもしてやるから。」
珍しく、言い難そうな、それでも、できる限りの優しさを込めたヒイロの言葉に、可憐な花を思わせる唇が綻ぶ。
オマエガスキダ……
耳では捉えられないトロワの声は、ヒイロの心に、直接響いてくる。
静止の合図も忘れて、思わず一歩踏み出そうとしたとき、眼の端に光るものが映った。
昇り始めた太陽が、手始めに、細い光を、一筋、船に投げかける。
辺りが微かな、乳白色の霧に包まれた途端、手すりを掴んでいた、トロワの手から力が抜けた。
ふっさりとした、長い睫が降りて、不意に輝きを失った、瞳を隠す。
「!!!トロワ!!」
糸が切れたように、ガクリと後ろに倒れ込もうとする細い肢体に、咄嗟に船べりを蹴ると、両手を伸ばして飛びついた。
空中で捉えた、小さな頭を胸の前で抱え込むように守ると、そのまま一直線に海へと落ちていく。
「っ…………」
頭から、水面に叩きつけられた衝撃に、一瞬意識が遠ざかる。
緩んだ両手から、波にさらわれるように離れていこうとしていた宝物を、無意識に引き寄せていた。
「ぷっ……はぁ……」
飲み込みかけていた海水を吐き出すと、ぐったりしたトロワを抱きかかえて、やっと水面に顔を出す。
腕の中の、蒼白い顔を覗き込んでハッとした。
息が!……呼吸してない……。
「トロワ!トロワ!……」
色を失った唇。
どれほど名を呼んでも、揺さ振っても、固く閉ざされた瞼は、ピクリとも動かない。
二度と微笑みを返すことのない面差しは、震えを抑えられない腕の中で眠るように穏やかに、見えた。
「だめだ……!!嫌だ!……トロワ!」
もう、止められなかった。
嗚咽を飲み込むことさえできずに、夢中で、仰向かせた小さな顔に、涙で濡れる頬を擦り付ける。
「トロワ!許さない……俺を残していったりすることは絶対に許さない!ダメなんだ……お前でなければダメなんだ……。頼むから眼を開けて……俺を見てくれ……トロワ!トロワ……お前が好きだ…………トロワ……っ……」
泣いた記憶は、遠い。
たぶん、物心ついてから、一度も声を上げて泣いたことなどない。
涙を見せてはならないと、やがて王となる定めを負う人間には、恥ずべきことだと、そう教えられて育ったけれど。
生涯で最も大切なものを失った今、魂を引きちぎられるような苦痛に、ただ感情のままに嘆くことしかできなかった。
言葉にならない慟哭が、次第に明るさを増してきた海面に吸い込まれていく。
どれほどの時が経ったか?
どうしても、放すことができずに、折れそうに細いからだを抱きしめて、ただ波のうねりに身をまかせていた。
「……ん……」
全く反応を示さなかったからだが、僅かに身じろぎする気配に、天にも昇る心地で、まだ蒼ざめたままの唇に触れる。
感じる僅かな空気の流れに、狂うほどの歓喜に包まれて、夢中で、その名を呼び続けた。
「トロワ!トロワ!大丈夫か?トロワ……眼を開けてくれ、俺を見てくれ……トロワ!」
何度か瞬きをくり返しながら、ゆっくりと姿を現す、清冽な瞳を、奇跡を目にする思いで見つめた。
鏡のように、澄み切った双眸に、ヒイロの姿を映したまま、不思議そうにトロワが唇を開く。
「どうした??ヒイロ?泣いてるのか?」
「……泣いてなんか……だいたい誰のせいで、海に落ちたと思ってる……おい!トロワ!お前、声が!!」
「あ………………」
驚きに、大きく見開かれたトロワの瞳が、昇り始めた太陽の光に煌く。
そうか、魔法が解けたのか?これで、俺は完全な人間になれた、というわけだな。ヒイロと同じに。
「トロワ、なんともないのか?今の今まで、もうダメだとばかり……」
「すまない、心配かけたな。でも、お前が俺を呼ぶ声が聞こえた。だから戻ってこれた。」
ほんの一瞬前まで、死の淵を彷徨っていた、薄い背中を引き寄せると、取り戻せたことを、確かめるように、もう一度しっかりと抱きしめた。
触れる吐息の暖かさに、また涙が溢れそうになって、慌てて華奢な肩口に顔を埋める。
「……怖かった……俺の方が生きながら死んでいくような気がした……もう二度とごめんだ。」
「わかってる、すまなかったな。何も言えなくて。」
本心からそう思っていそうに、小さく俯く彼に、思わず苦笑してしまう。
「仕方ないだろう。声が出なかったんだから。それにしても、それが、お前の声なのか?ずっと聞いてみたいと思っていたが、やっと叶ったな。」
「そうだ。最も、お前が気に入るかどうかは、わからないが?」
からかうような口調とともに、陽の光さえ霞んで見える程、綺麗な笑顔が、凍り付く寸前だったヒイロの心を、暖かく包み込む。
もう決して離さない、誰にも譲れない、絶対に……そんな決意を胸に抱きながら、穏やかに応える。
「愚問だな。ますます惚れそうだ……」
やっと近づいてきた救命ボートにトロワを乗せると、ヒイロは、しばらくは、ボートに乗っていくと、言い出して、迎えに来た水夫達を慌てさせた。
「で、でも、王子様、もう、出港の時間ですが?」
「だから、引いていってくれれば問題無いだろう?心配するな。」
「しかし、もしものことがあったら、大変なことになります。ご婚礼を控えた大事なおからだですし。」
「くどい。」
鋭い瞳にジロリとねめつけられて、面と向かって逆らえる者などいない。
渋々と、もう一隻のボートを出して船へと戻っていく者達の、肩を落とした背中を見ながら、トロワがあきれたように口を開く。
「何で、船に戻らないんだ?これから、式の準備があるだろうに。」
「もっと大事なことだ。お前に話しておかなければ、ならないことがある。本音を言えば、お前にも、昨夜のことについて聞きたいんだが。」
濡れた服を脱いで、毛布を肩に引っ掛けているだけの痩身に、手を伸ばす。
撫で上げた頬の冷たさに、眉を顰めて、有無を言わせず、毛布ごと腕の中に抱き込んだ。
「おい?ヒイロ?」
「寒くないか?」
「あぁ、大丈夫だ。」
濡れた長い前髪をかき上げると、露になる白い額と、心なしか赤らんで見える目元に唇を寄せる。
「まだ冷えきってるようだが。」
「だから、じきに暖かくなる……って、ヒイロ!」
「そうか、なら、話は後でもいい。」
抗議の言葉には、いつだって気付かない振りをするのが最良の策。
膝の上に抱き上げると、引き寄せて、胸を合わせる。
仰のかせた唇が、まだ何か言いたげに開こうとするのを、問答無用とばかりに、口づけで塞いでしまう。
船はゆっくりとした速度ながらも、着実に進み続け、やがて、隣国の山々が、町並みが、行く手に、はっきりとその姿を現し始める。
「ヒイロ……もうすぐ、着く。船に戻らなくていいのか?……式の準備が?」
一瞬、呼吸を止めて、やっと搾り出したのだろう、か細い声に、ハッとして頭を上げる。
固く唇を引き結んで、顔を背けるトロワの瞳が揺らいだ。
泣くまいと、痛々しいほど削げた頬が、ピクリと震える。
「行けよ……早く。」
抱き起こすと、頬を包むように、視線を合わせた。
トロワの傷ついた心に、沁みこむように、ゆっくりと言葉を選びながら、静かに話し出す。
「すまん、今まで言えなかった。婚礼の日までは、決して誰にも言わないと誓いを立てた。でなければ、一番大事なものは手に入らない。そう思ったからだ。」
「??」
「式を挙げるのは俺じゃない。カトルさ、弟の。最も本人は知らないがな。」
「カトルが?でも、相手はそのことを知ってるのか?」
「もちろん。彼女のお目当ては、最初からカトルだった。だが、向こうの王が、どうしても、次期国王である、俺を、と望んだんだ。俺としては、お前以外を妻に迎える気など毛頭なかったが、父に、反対されることは目に見えていたから、この機会を逃す手は無いと思った。」
「それで、カトルを身代わりに?それは……」
「俺は酷い人間さ。お前も知っての通り。目的がお前を手に入れることなら、尚更、手段は選ばない。それに、カトルのことなら、心配いらないさ。姫君は、心からカトルを慕ってるし、奴の方が俺より、はるかに王に相応しい。」
心配気に眉を顰める表情にさえ、煽られて、きめの細かい首筋を安心させるように、撫でてやりながら、10年来の幼馴染の顔を思い浮かべる。
デュオのことだから、上手くやってることだろう。
カトルに薬を飲ませて、俺の婚礼衣装を着せ、司祭の尋ねることに、全て、肯定するように暗示をかけることなど、奴には造作もない仕事だし。
カトル脱落、と、これで俺にとってはライバルが一人減ることになるし。
ま、そこまでは、トロワに言う必要もないな。
「どうかしたのか?ヒイロ?」
いきなりおし黙ったヒイロの様子に、トロワが小首を傾げる。
無意識の愛らしい仕草に、思わず頬を緩めながら、答えた。
「何でもない。さ、行くぞ。」
「行くって??どこへ?」
「隣の港さ。もう、手筈は整えてある。」
言うなり、手を伸ばして、船との間を繋ぐロープをナイフでブツリと断ち切る。
入港の用意に忙しく立ち働く水夫たちは、不意にボートがついてこなくなったことにも、全く気がつく様子はない。
「船は急には止まれないからな。」
オールを手にとると、愉快そうに見つめるトロワに問い掛ける。
「なぁ、トロワ。」
「何だ?」
「お前はいいのか?本当に?」
「何が?」
「俺はもう、王子じゃない。今までみたいに、何不自由ない生活はできないし、お前に苦労をかけることもあるだろう。本当にいいのか?俺で?」
「愚問だな。王子でないお前になら……ますます惚れそうだ。」
良く通る涼やかな声は、凪いだ海面を滑るように、広がる。
陽光を反射して、煌く緑の瞳に、魅入られて、捉われて、そして、全てを許され、癒されているのは自分の方なのだと思う。
「それを聞いて安心した。」
「??」
「嫌だと泣かれたところで、絶対離す気はなかったからな。」
「なら、聞くな!」
じゃれ合う少年達を、雲ひとつ無い澄み切った青空が、穏やかに見守っていた。
*** END ***
■ 投稿者の方からのメッセージ ■
こんにちわ、みのせと申します。
千里様、いつも楽しませて頂きまして、本当にありがとうございます。
皆様の投稿があんまり素晴らしくて、ついつい自分も参加したくなってしまったのですが、めちゃめちゃ外しまくりで本当に本当にすみません(大汗)。最初と最後で、全然違うのは、私が馬鹿過ぎるせいです(号泣)。
にんぎょ姫自体、大好きなお話なので、ぜひぜひトロワのにんぎょ姫、書いてみたかったのですが…もう、本当にお目汚しで申し訳ないですm(_ _)m 。
ただ、私自身は、書いていて、すごく楽しかったですが(^ー^;。
というわけで、楽しい企画に参加させて頂いて、ありがとうございました。
でも、外していると思われましたら、掲載して下さらなくても、全く、構いませんので〜恥ずかしいですし(^ー^;
■ from 管理人 ■
外しまくりだなんて、とんでもないです!とっても素敵な作品を、どうもありがとうございます!!
どうしてもヒイロを殺すことが出来なくて、殺すどころか、自分の手から滑り落ちてしまった剣先から、しかも自分の手で、ヒイロを庇ってしまうトロワ。自分でも気付かない内に涙を流しながら、ヒイロには何も告げずに去ろうとするところなんて、とってもトロワらしいですよね。
そんなトロワが自分の手の中からいなくなってしまって、慌てて追いかけるヒイロ。声の出ないトロワに「どこにいるんだ?」と呼びかけても返事が帰ってくるわけはないのに、思わず呼びかけてしまうところなんて、いかにヒイロが必死でトロワを探していたのかということが、とてもよく伝わってくるシーンだと思います。
また、船尾の手すりに腰掛け、出ない声で「オマエガスキダ……」と告げた後、海へと落ちていく、というトロワの行動も、とっても切なかったですし、そんなトロワを庇って一緒に海に飛び込んだヒイロが、トロワが息をしていないことに気が付いた後に口にする「俺を残していったりすることは絶対に許さない!」とか「お前でなければダメなんだ……。」という辺りの台詞を読んだ時には、私は泣いてしまうかと思いました(;_;)。
ですが、トロワは目を覚ましてくれるのですよね!(^-^)声も出せるようになり、はじめて自分の声を聞いたヒイロに向かって、からかうように告げたトロワの言葉に対して、ヒイロが「愚問だな。ますます惚れそうだ……」と返していたのも、とてもウットリだったと思います。
そして、その後、少しずつ明らかになっていく、ヒイロのちょっぴり強引な所も、凄く素敵でした!トロワの抗議の言葉をキスで封じてしまったり、デュオも巻き込んで、自分ではなくカトルに式を挙げさせようと計画していたり…。しかもそれは、ヒイロにとっては、ライバルが一人減ることにもなっているのですね。トロワと一緒にいる為なら、そこまでしてしまうヒイロが、とってもとっても素敵だと思いました。
また、最後の「嫌だと泣かれたところで、絶対離す気はなかったからな。」というヒイロの台詞も、私は凄く好きです(*^-^*)。
|