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 広間に辿り着くと、ヒイロは中央の席へと導かれた。右隣にはトロワが座り、左隣には、後から追いついてきたデュオが座った。

 皆が着席すると、まずは飲み物が振る舞われた。
 とても良い香りがするその飲み物をヒイロが味わっていると、ヒイロ達のテーブルの前に、進み出てきた者がいた。

 五飛である。

「先程は見苦しいところを見せてしまって申し訳ない。お詫びに、剣舞を献上させていただく」

 見れば手には、優美な曲線を描く二振りの剣が握られていた。
 五飛の申し出に、頷く事でトロワが了承の意を示すと、五飛は後ろに控えていた楽士達へと振り返った。すると、それが合図となって美しい曲が流れ出す。その曲に合わせて、五飛が舞い始めた。

 一見しただけで、相当の鍛錬を積んでいるのだろうと分かる、しなやかな身のこなし。無駄のないその動きは美しく、また力強さも兼ね備えていた。
 見事な剣舞に、トロワの口からも思わず、感嘆の言葉が零れる。

「さすがは五飛だな……」

 デュオも、これには素直に関心していた。
「いつ見ても、まぁ、凄い事で……」

 しかし、余計な一言を付け加える事は忘れない。またしてもヒイロの耳元へと口を寄せると、こう囁いた。

「でも、こ〜んな格好つけてるけど、コイツってば実は……………」

 だが、それ以上が言葉になる事は無かった。そこまで口にした瞬間、デュオの目の前に鋭い切っ先が突きつけられたからである。
 デュオの顔の数センチ手前でピタリと動きを止めた、その剣の主は、当然五飛であった。

「な、何するんだよ、五飛。危ねぇじゃねぇか!」

 そう言いながら、距離を取ろうとデュオが後ろへと身を引けば、すかさず剣も追い掛けてくる。

「煩い口だな。余計な事など喋れなくなるように、俺がこの剣で黙らせてやろうか?」

 口元には笑みさえ浮かんでいるというのに、五飛の目は、笑ってなどいなかった。その為デュオは、プルプルと首を振る。すると、やっと剣が収められた。

 その後も五飛の剣舞は続けられたが、そんな事があったせいでデュオは、五飛が舞い終わるまでの間、とうとう一言も口を開かなかったのであった。





 五飛が舞い終わると、次々と料理が運ばれてきた。
 どの品も、目にも鮮やかな盛りつけで、味もこれ以上はないくらいに絶品であった。

 更には、澄んだ歌声の持ち主によって耳に心地良い歌が披露され、色取り取りの衣装を纏った人々によって美しい群舞も披露された。

 そして何より、横を向けばすぐそこに、いつでも彼の人が―――。

 それはヒイロにとって、正に夢のような時間であった。
 一夜明け、目覚めたそこが城内の一室でなかったならば、本当に夢の中の出来事だったのではと考えてしまった事であろう。

 しかしそこは、確かに昨夜、デュオに案内された部屋であった。
 まだ起床するには早い時間である為か、城内に人の気配はあまり感じられない。多くの者は、まだ就寝中なのであろう。

 その時ヒイロは、昨夜のデュオの言葉を思い出していた。

「城の中庭も綺麗だから、時間があれば散策してみるといい」

 部屋へと案内してくれながら、デュオがそう言っていたのである。その言葉を聞いた時からヒイロは、実はずっと中庭に行ってみたいと思っていた。

 ここは、あの姫が暮らしている城。姫とはいえ中庭の散策くらい、するであろう。
 許されるのであれば一箇所でも多く、姫が過ごした事のある場所を目にしてみたかった。

 デュオからは、中庭へ出る方法も教わっている。
 そして今ならば、誰にも邪魔されずにゆっくりと中庭を散策できるであろう。

 その思ったヒイロは、迷う事なく中庭へと足を向けたのであった。





 辿り着いた中庭はデュオの言葉通り、とても美しいところであった。色取り取りの花が咲き乱れ、その間を縫うように小川が流れ、鳥たちまでもが囀っている。
 ここは、海の底である筈なのに……。

 城内にいると、そんな事も忘れてしまいそうであった。
 デュオと出会ってから、不思議な事ばかり起こっている。

 だが何より不思議なのは、彼の人の存在である。姫を見ていると胸が暖かくなり、いつまでもその姿を見ていたくて、目を逸らせなくなる。

 こんな事、今までには無かった。

 『―――もっと姫と話がしてみたい』

 切に、そう思う。
 だが、そんな時間を、自分は再び与えてもらえるのであろうか……。

 そんな事をボンヤリと考えていた時である。
 不意に誰かが、こちらに向かって歩いてくる事に気が付いた。

 ゆっくりとした足取りで、こちらにやってくるその人物の姿を視界に捕らえた途端、ヒイロは思わず目を見張ってしまう。何故なら、その人物は正に今、ヒイロが思いを巡らせていた姫、その人だったからである。

 しかし身に纏っている衣装は、昨日とは全く異なっていた。タートルネックの上衣にジーンズという、昨日の衣装とは比べものにならないくらいラフな格好である。
 その姿にも驚き、声も出せずにいると、トロワの方から声を掛けてきた。

「随分と、早起きなんだな……」

 だがヒイロは、酷く驚愕してしまった為に、返事をする事も出来ず、ただただトロワを見詰め続けてしまう。
 そんなヒイロの凝視するような視線に、やっとトロワも気が付いた。

「あまりにも昨日と格好が違うせいで、驚かせてしまったか?」

 その質問に、遠慮がちながらも首肯したヒイロを見て、トロワは苦笑を浮かべた。

「それは、すまなかったな。だが本当は、こちらの方が普段の格好なんだ。昨日のような格好は、動きづらくて大変だからな。だからあまり、あの格好にはなりたくないのだが、五飛に 『 客人を出迎えるならば、城の主として相応の格好をしろ 』 と言われたので、仕方なく……な。
 しかし残念ながら、俺の忍耐力は昨日の内に使い切ってしまった。だから今日は、この格好をさせてもらっている」

 そう言いながら肩を竦めたトロワは、衣装だけでなく、言動までもが昨日とは少し違って見えた。
 だが、それはヒイロにとって、決して落胆してしまうようなものではなく、むしろ、こんな面も持っていたのかと、好感さえ持てるものであった。

 なので
「この格好は、気に入らないか?」
 そんなトロワの質問には、当然のように否定の言葉を返した。

 それを聞いてトロワは、綺麗な笑みを浮かべた。

 その姿は、昨日のような衣装を身に纏っていなくとも、ヒイロを見惚れさせるのに充分であった。
 しかも、ヒイロに否定してもらえたのが嬉しかったのか、こんな事まで告白してくれたのである。

「実は、ここに来たのも偶然じゃない。中庭へと向かう姿を見掛けたのでな。追って来たんだ。
 もっとお前と、話をしてみたかった」

 ―――どうやらトロワも、ヒイロと同じ様な事を思っていてくれたらしい。

 それを知ったヒイロは、平静を装うのに多大な努力を必要としたのであった。





 そんな二人の時間は、ある人物の声によって終わりを告げた。
 遠くからトロワを呼ぶ声が聞こえ、その声にトロワが応じると、声の主がこちらへと駆け寄ってきたのである。

 その声の主は、五飛であった。
 五飛は、トロワの格好を見るなり、思いっきり顔を顰めた。

「トロワ、お前はまた、そんな格好で……! 城の人間しかいない時ならばともかく、客人が滞在している間くらいは城の主らしい格好をしろと、言っておいただろうが。
 しかもまた、たった一人でフラフラと……。いくら城内とはいえ、あまり一人で軽々しく出歩くな! お前の身に万一の事が起こったら、どうするつもりだ」

 次から次へと小言が並べられるが、当のトロワは慣れているのか、涼しい顔で聞いている。

「お前がそう言うから、昨日一日は我慢して、あの衣装で過ごしたただろうが。
 それに先程、客人本人にも確認したが、この格好でも別に構わないという言葉をもらっている。ならば問題あるまい?」

 そう言ってトロワにニッコリと微笑まれてしまっては、五飛も弱いらしかった。格好については、渋々ながらも納得してくれた。

「……まぁ、客人本人が納得しているのならば、それでいい」

 しかし譲れない部分も、あるらしい。

「だが一人で出歩くのだけは、止めろ。どうも最近、嫌な予感がする。大勢を引き連れて歩くような、仰々しいのが嫌だというのなら、せめて俺かデュオにだけでも声を掛けろ。アイツでも、お前の盾くらいにはなれる」

 そんな言い方をしてはいるが、五飛なりにデュオを信頼しているのであろう。

 トロワとしても、五飛がトロワの身を案じてくれているが故に忠告している事が分からないわけではないので、今度は大人しく了承した。

 だが、そんな言葉を耳にしてしまって、心中 穏やかでなかったのは、ヒイロである。

 こんな忠告を五飛がするという事は、トロワに身に何か危険でも迫っているのであろう。
 是非とも詳細を尋ねてみたかったが、目の前の五飛という男は、昨日今日ここに現れたヒイロになど事情を教えてはくれないであろう。トロワの身辺に関わるような重要な事であれば、尚更だ。

 トロワの方に尋ねたとしても、五飛もいるこの場では、五飛によって口止めされてしまう可能性が高い。

 ならば事情を知っていそうで、尚かつ、口を割りそうなヤツを探し出し、ソイツに聞いた方が賢明というものであろう。
 そう判断したヒイロは、ここではひたすら沈黙を守り続ける事にしたのであった。








「ああ、その話か……」

 あの後、すぐにデュオを探し出し、さっそく尋ねてみると、こちらが拍子抜けするくらいアッサリと口を割った。もう少しくらい渋られる覚悟はしていたのだが……。

「ウチの姫さんってば見ての通り、かなりの器量よしだから、実は結構あっちこっちに熱烈なファンがいたりするんだよね。
 中でも一番熱心なのがウィナー城の若サマ。初めての会見の席で、いきなりプロポーズしてきたかと思うと、それ以来、何かにつけて手紙やらプレゼントやらを贈ってくるようになっちまって……」

 デュオの話によると、それは量も頻度も、半端なものではないらしい。

「よっぽど第一印象が悪かったのか、五飛なんかは最初から 『 アイツは、何をしでかすか分からない危険なヤツだ 』 なんて言ってたんだけど、最近になって、送ってくる手紙の内容がエスカレートしてきちゃったもんだからさ。 『 用心しておくに越した事はない 』 とか言っちゃって、トロワの身辺をバリバリ警戒してるワケ。俺としては、いくら何でもそんな心配までする必要あるのかね〜と思ってるんだケド」

 だが五飛なりに、その人物に何か感じるものがあったからこそ警戒しているのであろう。
 ならばヒイロも、五飛の意見の方に賛成である。用心しておくに越した事はない。

 そんな事を考えていた時である。デュオが何やら言いたそうにこちらを見ている事に気が付いた。

 饒舌なデュオにしては珍しい。
 まだ何かあるのかと尋ねてみれば、こんな事であった。

「アンタ、地上に戻りたくなったりは……しねぇの?
 トロワからは 『 好きなだけ滞在してもらうように 』 なんて言葉ももらってるし、こっちとしては、いつまでココにいてもらっても全然構わないんだけど、地上が恋しくなる事もあるだろ?」

「そんな事は無い」

「ホントに……? オカシイな〜。俺がムカシ読んだ絵本には、城に連れてきたヤツは地上に帰りたくなるって書いてあったんだけどな〜。で、お土産に玉手箱をもらって帰るって。だからホラ、トロワに頼んで、玉手箱の準備もバッチリしてもらってあるんだぜ〜」

 ジャ〜ンという賑やかな効果音付きで、まるで手品でも見せるかのように、懐から玉手箱を取り出してみせるデュオ。しかしヒイロは、そんなものになど興味は無いとでも言いたげに、一瞥しただけで、すぐに視線を逸らしてしまった。

「そんなもの、用意するだけ無駄だ」

「何で? お土産いらねぇの?」

 ますます不思議そうに首を傾げるデュオ。そんなデュオに向かってヒイロは、アッサリと言い切った。

「そもそも俺は、帰るつもりなどないと言っているだろう。トロワの身辺が不穏だというのならば、尚更だ」

 少しの迷いもなくそんな言葉を口にしたヒイロを見て、デュオはヤレヤレとばかりに肩を竦めてみせた。

「浦島太郎がこんなんで、いいのかね〜」

 ボソリと呟かれたデュオの言葉は、とうとうヒイロの耳に届く事は無かった。









 その頃、トロワ達の城から少し離れた場所にあるウィナー城では、この城の若君であるカトルが、間者から一つの封筒を受け取っていた。

「これが今度、トロワの城に来た、新入り君か」

 その中に入っていたのは、ヒイロの写真であった。ヒイロに気付かれないよう、遠い場所から撮影されたものらしく、写真の中のヒイロは、こちらには気が付いていない様子である。

 何枚もある、それらを机の上にズラリと並べて眺めながら、カトルは満足そうに微笑んだ。

「この子も、中々に可愛い子だね。気に入ったよ」

 そう言うと、ヒイロの顔が最も鮮明に写っている一枚だけを残して、他の写真を封筒へと戻してしまう。その後、残されたヒイロの写真の隣に、先程見ていたものとは別の写真を並べていった。

それは、同じ様に遠方から撮影されたらしい、トロワ、デュオ、五飛の写真であった。

 一列に並べられた4枚の写真を眺めながら、カトルは笑みを一層、深くした。その笑みは “ 天使の微笑み ” とでも形容されそうなものであったが、その口から発せられた言葉は、その笑顔からはとても想像できないような類のものであった。

「―――決めた。やっぱりあの城は、僕のモノにする。そうすればトロワも、この子達も全員、僕のモノって事だろう?」



 ……どうやら、五飛の予感は当たっていたようである。トロワ達の城が騒動に巻き込まれるのも、時間の問題であろう。



     トロワ達の、明日はどっちだ!?(笑)



END



********** 後記 **********

アホ話に最後までお付き合い下さいまして、有り難うございます。こんな話ではありますが、書いている本人はとても楽しかったです(^_^)




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