深い森の奥で vol.1
生い茂る木々の為に、昼なお薄暗いその森は、人々に “魔の森” と呼ばれていた。
何故ならば 『 森の奥には財宝が眠っている―― 』 という、誰が言い出しのかも分からないような無責任な噂を信じ、邪な気持ちで森へと足を踏み入れた者は、二度と生きて帰ってくる事は無く、また旅人などが知らずに迷い込んでしまった場合には、どんなに足を進めようとも、いつの間にか最初の場所へと戻ってきてしまうからである。
その為、いつしか人々は、決して “魔の森” には近寄ろうとしなくなっていた。
そんな森の奥深くに、彼等は住んでいた。
彼等を何かに喩えるとするならば 「 吸血鬼 」 というものが最も近い存在かもしれない。
ある一定の年齢まで成長すると、外見はそれ以上、年を重ねる事を止める。寿命は人間とは比べものにならないくらいに長く、悠久の時を生きる。
だが、一般的に知られている吸血鬼とは異なる点も多い。
鏡にも姿が映るし、陽の光を浴びても身体が灰になってしまう事は無い。十字架や、ましてやニンニクなどにも、恐れを抱いたりはしない。
最も違うのは、飢えを満たす為に血を吸う事などしない、という点であろうか。
彼等にとって吸血という行為は、とても神聖なものであり、好意を持った相手としか行わないのである。
そんな彼等が生きる糧としているのは、人間の精気であった。
勿論、命に支障が出るほどの量を一人の人間から奪ってしまったりする事は無い。精気を奪われてしまった人間は常よりも、ほんの少しだけ余計に疲労感を抱くようになる、という程度である。精気を奪われてしまった事により、彼等と同族になってしまう事も無い。
その為、人間とは異質の存在である事を悟られる可能性は非常に少ないのだが、人間たちとの間に余計なトラブルを引き起こさない為、彼等の多くは “魔の森” のように、人間の立ち入らない場所でひっそりと生活をするようになっていた。そして一部の者だけが人間界に紛れ込み、生きる糧である精気を物質化しては、他の仲間たちのもとへと届けているのである。
“魔の森” の住人たちも、そうして届けられる精気を主食としていた。
だからといって、人間たちが食べるような物を全く口にしない、というわけでもない。“使い魔” と呼ばれる者たちに敷地内で作らせている作物や、人間界に紛れ込んでいる仲間を通じて入手する、様々な食べ物も口にする。
但し、ほとんど糧とはならない為に “嗜好品” として、もしくは主食である精気を食す時、一緒に口にする事で、精気だけでは単調になりがちな食卓に変化をもたらす “添え物” として口にするのである。
だが、例外もある。
「 薔薇 」 である。
何故か薔薇の花だけは、彼等の飢えを満たしてくれるのだ。
そんな薔薇の食し方として、“魔の森” の館の主が最も気に入っているのが、ローズティーであった。
この館の主の兄は、薔薇を育てるのを趣味の一つとしていた。そんな兄が品種改良を重ね、育て上げた特別な薔薇を使ったローズティーは、他のお茶とは比べものにならないくらい馨しい香りを放つ。
そんなものを生まれた時から、当たり前のように飲み続けていた館の主は、お蔭で他のローズティーでは、とても満足できなくなってしまっていた。
その為、とある理由から兄とは、なるべく関わらないようにしているこの館の主も、兄からの茶葉の差し入れだけは受け入れているのであった。
「 これぐらい受け取っておかないと、何をしでかすか分からないところもあるしな、アイツは…… 」
そう溜め息を吐くと、茶葉を携えてやってきた兄の使者と対面する為、館の主は謁見の間へと足を踏み入れたのであった。
「 いつもながら、わざわざ届けてもらって、すまなかったな。使い魔にでも持たせてくれれば、それで構わないのに。何なら、こちらから使いをやるが…… 」
ひざまずき頭を垂れたまま、館の主の登場を待っていた使者へと、そう声を掛ける。すると使者は、おもむろに顔を上げ、とんでもないとばかりに首を振った。
「 これは、他でもないトロワ様の為だけに、トレーズ様が丹誠込めてお作りになったローズティーの茶葉です。それを、たとえ一時といえども、使い魔などに預けるわけにはまいりません。
それにトロワ様。先程からトレーズ様がお待ちでいらっしゃいます 」
そう告げた使者の手が、宙で何か文字のようなものを描く。すると、そこに通信用の大きな鏡が出現した。トロワの背丈ほどもあるその鏡の向こうには、トレーズが笑顔で待っていた。
トロワは再び、鏡の向こうに悟られぬようこっそりと、溜め息を吐く。
先ほど使者は、いかにも尤もらしく 『 この茶葉が、ただの茶葉ではないから使い魔ではなく、わざわざ自分が運んで来た 』 というような事を言っていたが、何の事はない。使い魔ごときがやって来たのでは、こうやって鏡を使って会話をする暇など与えてもらえずに、体よく追い返されてしまうからである。トレーズは、茶葉を届けるたびに鏡越しに交わすトロワとの会話を、とても楽しみにしているのだ。
それが分かっていながらトレーズの思惑に乗ってやっているのは、この程度の接触くらい許してやらないと、トレーズ自らが館に押しかけて来かねないからである。それくらいならば、鏡越しにでも話をしてやった方がマシというものである。
しかし、その事態を喜んでいるわけではないのも、また事実。そんな気持ちがトロワに 「 使い魔にでも持たせてくれれば…… 」 などと言わせているわけなのであった。
一方トレーズは、久しぶりのトロワとの会話に、嬉しさを隠そうともしない。
「 相変わらず麗しいな、我が弟君は。美しさに一層、磨きが掛かったのではないか? 」
「 そっちは相変わらず、目が悪いらしいな。医者に掛かった方がいいと思うぞ 」
つれないトロワの返事にも慣れたもので、声を上げて笑ってみせる。
「 私の身体を心配してくれるとは、嬉しい限りだ。
君の方は、どうなのだ? 何も変わりは無いか? 何か入り用な物なども無いのか? 何かあれば、すぐにでも私に言うのだぞ。君の頼みならば何でも叶えてみせるし、どんな物でも用意してみせよう 」
その言葉で、かつて体験した、悪夢のようなプレゼント攻撃の日々を思い出し、トロワは思わず眉根を寄せてしまう。
幼い頃からトロワに甘かったトレーズは、何かとトロワの世話を焼きたがるばかりか、必要な物から、必要でない物まで、意味も無く大量のプレゼントをトロワに贈るのが好きだったのである。トロワが少しでも何かに興味を示せば翌日にでも、それがトロワのもとへと届けられる。一族の長として、下手に権力も財力も持ち合わせているので、尚更タチが悪かった。
故にトロワは今日も、シッカリと釘を刺しておく事だけは忘れない。
「 何度も言っているがトレーズ、勝手に何かを送りつけてくるなよ。必要な物など自分で調達できるし、力を借りなければならなくなった時には、俺の方から言う。
だから、もしも今度また勝手に……… 」
そう凄んでみせるとトレーズは、分かっているとばかりに両手を挙げた。
「 せっかくの逢瀬だというのに、そんな怖い顔で睨まないでおくれ。ここ数百年は、もう、そんな事などしていないだろう? 私も、君に嫌われたくはないからね。だからこそ、こうやって君に尋ねているのだよ。何か必要な物は無いか、と。君にプレゼントを贈るのが、私のささやかな楽しみの一つだったというのに…… 」
そう言って、残念そうに溜め息まで吐いてみせる。
だが長年、兄弟として一緒に育ったトロワは、こんな事くらいでは、もう絆されたりなどしなかった。
「 今はもう、俺以外にも贈る相手がいるだろうが。俺の事など心配していないで、姉上に贈るプレゼントでも考えたらどうだ? 姉上は、お元気か? 」
話を、トレーズの伴侶である女性の方に振ると、トレーズは後ろを振り返った。恐らく、彼女を呼んでいるのであろう。それほど時を置かずに彼女が、トレーズの横に現れた事を考えると、彼女は先程からずっと、トレーズの側近くで控えていたのではなかろうか。
「 お久しぶりです、姉上。お変わりないようで、何よりです 」
「 トロワ様もお元気そうで、安心いたしました。トレーズ様は、それはもう、いつでもトロワ様の事を心配していらっしゃいますよ。たまには鏡越しではなく、こちらにも顔を見せにいらしてください。それだけでトレーズ様は安心される事でしょうから 」
先程までのトロワとトレーズの遣り取りを耳にしていただろうに、微笑みながらこんな事を口にできるこの女性にも、トロワは頭を抱えたくなる。
実はトロワは、かなり期待していたのだ。トレーズの極度のブラコンも、伴侶となる相手が現れれば少しは落ち着くのではないか、と。
それが――。
蓋を開けてみれば、トレーズのブラコンは収まる気配すら見せず、トレーズの伴侶であるはずのこの女性も、トレーズに心酔しきってしまっているのか、自分の事以上に弟のトロワの事を気に掛けるトレーズの行動を、諫めるどころか自ら進んで手助けしようとまでする始末。お蔭でトレーズのブラコンぶりは、以前よりも酷くなってしまったくらいだ。
それを見てトロワは、決心したのだ。トレーズの館を出る事を。
当然トレーズは、猛反対をした。
あらゆる手を使って、トロワに考え直させようとした。
しかしトロワは 「 気に入らないのなら、縁を切ってくれても構わない 」 とまで言い置いて、出てきたのである。
その結果、トレーズの方が折れたのだ。元々トロワには甘かったトレーズである。
ことある毎にトロワが 「 縁を切る 」 という言葉をチラつかせたのも、功を奏したのかもしれない。トロワと絶縁状態でなど、いられるトレーズではない。
だからといってトレーズが諦めたわけではないのは、態度を見れば明らかだ。故にトロワとしては、おいそれと彼女の提案に乗るわけにはいかないのであった。
「 お二人の生活の邪魔をするつもりは、無いですから 」
心にも思っていない事を理由に、辞退する。
「 まあ、邪魔だなんて、そんな……! 」
「 姉上。兄の事を頼みます。あなたが兄の側にいてくださるので、俺は安心してここにいられるんです 」
これは、本当の事。
ちょっと困ったところもある兄だが、全てはトロワを大切に思ってくれているが故。それはトロワにも、よく分かっている。物心つく前から家族として、溢れんばかりの愛情を注いでくれた兄を弟として、愛してもいた。トロワなりに――。
こんな事を口にすれば、トレーズが付け上がるのは目に見えているので、死んでも口にしたくはないけれど。
しかし、口にせずとも伝わる想いはあるようで、トレーズの口元が綻びる。
それを見て急に、決まりの悪さを感じたトロワは、そろそろ会話を終わらせる事にした。
「 それでは姉上、お元気で。トレーズ、あまり姉上を困らせるような事はするなよ 」
だが、そんな申し入れをトレーズがアッサリと承諾するわけがない。何とか引き延ばそうと試みる。
「 もう終わりにしてしまうのかね? まだそんなに話をしていないではないか。君の近況など、もっと聞かせてほしいのだが…… 」
トレーズのこんな引き延ばし作戦も、しかしトロワにとっては、いつもの事。
「 その希望を叶えてもいいが、その場合にはこれが、お前と会話を交わす最後の機会になるかもしれないが、それでも構わないか? 」
そう脅しを掛ければ、トレーズはいつも簡単に引いた。
「 それだけは、ごめん被りたいものだな…… 」
トレーズも、知っているのだ。
茶葉の受け渡しを口実に、会話の機会を得ようとしているトレーズの目論見に、トロワが気づいている事。その上でトロワが、それを甘受してくれている事を。
「 では名残惜しいが、我が弟君の御機嫌を損ねない内に退散するとしよう。
トロワ、我が一族は滅多な事では命に関わるような事態に陥る事も無いだろうが、過信はいけないよ。くれぐれも身体は大事にしたまえ。私はいつでも、君の事を想っているよ 」
「 トロワ様、トレーズ様の事はわたくしにお任せください。身命を賭してお仕えする所存ですので…… 」
そんな二人にトロワが頷いてみせると、次の瞬間、鏡の中の二人は姿を消した。後には、トロワの姿を映す鏡だけが残される。しかしその鏡さえも、兄からの使者が手を一振りすると、一瞬にして消え失せた。
これで使者は、トレーズから仰せ付かった役目の全てを終えたはずである。
使者に向かって、ねぎらいの言葉を掛けるとトロワは、後の事は全て使い魔に任せ、謁見の間を後にしたのであった。
兄からの使者との対面を終えたトロワが向かったのは、この季節、窓から見える景色が最も美しい部屋であった。そこで少しのんびりしながら、気疲れした身体を休めようと思ったのだ。
しかし、そんなトロワの行動など、ヒイロや五飛たちにはお見通しだったようだ。部屋の中には既に、ヒイロによってお茶の用意がされ、五飛の手製と思われる、薔薇の花を使った菓子まで添えられている。
この二人は、トロワに仕えてはいるが、使い魔ではない。館の主であるトロワほどではないにしろ、使い魔たちよりも遥かに強大な魔力と、高い知能を有している。
トロワの生まれたクシュリナーダ家は、代々一族の長を務めてきたほどの、特に高貴な血を引き継ぐ家系であった。その為、使い魔だけでなく、ヒイロや五飛のような者たちまでもが仕えているのである。
とはいえ、トレーズの館にいた時には、もっと多くの者がトロワに仕えていた。
しかし、仰々しい生活が元々あまり好きではなかった事もありトロワは、トレーズの館を出る際、初めはヒイロや五飛でさえも、連れてくるつもりはなかった。
そんなトロワの前に二人は、いきなり立ち塞がったかと思うと、半ば脅すようにして、強引に付いてきたのだ。
恐らく、一人で館を出ようとしたトロワを心配して付いてきてくれたのであろう。
トロワは、そう考えていた。
「 茶葉は、今日届いたものを早速使ってみた 」
「 今度のローズティーの出来映えは、どうだ? 」
二人の口から出る言葉は砕けたもので、とても自分の仕える主に対して使うようなものではない。
この館で暮らし始めるに当たって、トロワが最初に二人に頼んだ事が実は、この言葉遣いであった。堅苦しいのも好きではないし、長年自分に仕えてくれている二人はトロワにとって、友人のような存在であった。だから二人にも、そのように振る舞ってほしいと願ったのだ。
本当は、トレーズの館にいた頃から、そう思っていた。
しかしトレーズの館には、他にも大勢の目がある。二人の立場を慮って、言い出せずにいたのだ。
だが、ここはトロワの館である。二人の他には、使い魔しかいない。
誰に遠慮をする必要も無いのだ。
「 さすがはトレーズだな。今度のお茶も、前回に負けず劣らず、良い味だ 」
差し出されたお茶を口にしてトロワが、そう評する。
「 相変わらずヒイロも、お茶を淹れるのが美味いな。いくら茶葉が良い物だったとしても、お茶を淹れる者の腕が悪ければ、これほどの味は出せないだろうからな 」
更に、添えられた菓子を一口。
「 五飛の菓子も、さすがだ。特に、この甘さの加減が絶妙だ 」
窓越しに美しい景色を眺めながら、腕のいいヒイロが淹れてくれたお気に入りのローズティーを、これまた腕のいい五飛が作ってくれた菓子と共に味わう。
トロワにとって、至福の時であった。
ヒイロと五飛の方も、あまり表情にこそ出さなかったものの、その時、この上なく幸せな気持ちを味わっていた。
トロワから賞賛の言葉をもらい、目の前には、とても幸せそうな笑みを浮かべるトロワ。
想いを寄せる者のそんな姿を見て、幸せを感じない者などいない。
トレーズの館でトロワに仕えていた時からヒイロと五飛は、密かにトロワへと想いを寄せていた。
だからこそトロワが、誰にも知られないよう一人でトレーズの館を出ようとした時にも、そんなトロワの行動に二人だけが気づく事ができたし、強引にトロワに付いてきたりもしたのだ。
しかし自分たちとトロワでは、身分が違う。二人にも、そのくらいの自覚はある。いくらトロワ自身が、二人を友人のように扱ってくれていたとしても――。
故に二人は、自分の想いを、ずっと胸に秘めてきたのであった。
お茶の時間にトロワが、菓子と共に楽しむのもローズティーならば、目覚めてすぐに飲むお茶も、勿論ローズティーであった。
それをトロワのもとへと運ぶのは、ヒイロの役目である。
今日もローズティーをトロワに届ける為、トロワが目覚めた頃を見計らってヒイロは、寝室を訪れた。
ノックをすれば、返事が返ってくる。予想通りトロワは、先ほど目覚めたばかりの様子であった。
「 昨日も、よく眠れたか? 」
ドアを開き、そう声を掛けながら数歩、ベッドの方へと歩いたところで、ヒイロは思わず固まってしまった。
何故なら、自分が目にしたものが、にわかには信じられなかったからである。
見間違いかと思って見直してみるが、やはり変化は無い。
自分の目がおかしくなってしまったのかもしれない、という事まで考えてヒイロは、五飛を呼びに行く事にした。
五飛と共にトロワの寝室に戻ってきた後、尋ねてみる。
「 どうだ?五飛。俺は、目がおかしくなってしまったのか……? 」
尋ねられた五飛の方は、この部屋に初めて入ってきた時のヒイロのように暫くの間、固まっていたが、何とか自分を落ち着かせる事に成功すると、頭を抱えた。
「 残念ながらヒイロ、俺にもトロワは “女” に見える 」
昨日までのトロワは、確かに “男性” であった。
しかし今、二人の目の前にいるのは、どう見ても “女性” だった。
髪は伸び、体つきも細身になってしまったようで、男だったトロワにはサイズがピッタリだったはずの寝間着の中で、身体が泳いでしまっている。
だが、女性的になっているとはいえ、どう見てもその顔は、トロワその人のものであった。トロワには血の繋がった姉妹がいない事を考えると、これは “本人” だと考える他はあるまい。
しかし万一という事もある。その上 『 別人であってほしい 』 という願いもあって二人は、思わず本人に確認を取ってしまっていた。
「 ……その…………トロワ……だよ…な………? 」
それに対してトロワは、いたって普段通り、平然としながら首肯してみせた。
「 ああ 」
「 何故、そんな姿になっている? 」
「 そんな姿……? 」
尋ね返してくるトロワの様子を見て二人は、ある可能性に思いついた。
『 もしかしたらトロワ自身は、まだ自分の身体の変化に気がついていないのではないか 』 と。自分の顔は、自分では見えないものだ。
しかし、たとえそうであったとしても普通ならば、身体の他の部分の変化で、気がついてもよさそうなものである。
だが己の事に関しては妙に無頓着だったりするトロワなので、気がついていなかったとしても不思議ではないかもしれない。
そう考えた二人は、近くの棚から手鏡を取り出すと、黙ってトロワに差し出した。
差し出された方のトロワは、素直に鏡を覗き込む。
そして 「 やはり、そうか…… 」 と呟いた。
「 “ やはり、そうか ” って、お前、自分の身体の変化に気がついていたのか、トロワッ!? 」
思わず五飛が詰め寄ると、相変わらずのんびりとした答えが返ってくる。
「 目覚めたら、身体がいつもと違っているのでな。何か変だなとは思っていたのだが、まさか、これ程とは…… 」
自分の身に、普通ならばあり得ないような事が起きているというのに、大して動揺した様子も無く、あまつさえ伸びた髪を珍しそうに摘んでみたりしているトロワを見て、再び頭を抱えたくなる二人。
「 もう少し慌てるとか、何か無いのか、お前にはッ!? 」
「 起こってしまった事は、仕方がないだろう? 騒いだところで、元に戻るわけでもあるまい…… 」
トロワらしいといえば、とんでもなくトロワらしいと思える考え方に、二人は揃って溜め息を吐いた。
その後、何とか気持ちを切り替えると、原因を見つけ出す事にする。 もしかしたら本人は、あまり必要性を感じてはいないかもしれないが、やはり元に戻る方法は探しておくべきであろう。ならば、こんな事態が起きてしまった原因を、まずは突き止めなくてはなるまい。
「 一体、どうしてこんな姿になってしまったんだ? 何か、思い当たる節など無いのか? 」
尋ねてみても、トロワは首を傾げるばかり。
「 特に思い当たるような事は無いが…… 」
「 何か変わった物を口にした、とか 」
「 それも無いと思うが……………… 」
そこまで会話を進めた時、ふと三人の頭に、ある物が浮かんだ。昨日トロワが口にした物の中に一つだけ、一昨日までは口にしていなかった物がある。
トレーズが届けさせた、新作のローズティーである。
「 ………まさか、な 」
「 いくらトレーズでも…… 」
「 ……………………………………………………………………………………………… 」
はっきり否定しきれないのが、苦しいところではある。そんなはずはあるまいと思うが、相手がトレーズだけに、完全に否定する事もできない。
ただ、トロワが女性になってしまった原因がローズティーであったとしても、そうでなかったとしても、トレーズならば何かしらの解決策を、知っているだろうとは思う。伊達に一族の長なんぞを長年、務めているわけではない。恐ろしく博識なのだ。だから助力を請えば必ず、力になってくれる事は間違いないであろう。
だが、たとえそうであったとしても、こんな事態をトレーズに知られるわけにはいかない。決して――。
何故ならば………………。
「 もしもトレーズが、トロワがこんな姿になってしまった事を知ったら………アイツの事だ。こんな機会など滅多にないと大喜びして、間違いなくドレスの百着や二百着は持参の上で、ここまで押しかけてくるのだろうな 」
「 そうして、あの手この手でトロワを着飾らせようとするに違いあるまい 」
そんな光景が簡単に想像できてしまって、今度は三人揃って、溜め息を吐く。トロワとしては、そんな事態だけは何としても避けたかった。
ヒイロや五飛にしても、同意見である。たとえトロワの兄であったとしても、自分たち以外の者がトロワに纏わり付く光景を、見たいものではない。
「 暫くの間、トレーズにだけは、この事を知られない方がいいだろう 」
そんなトロワの意見に二人は、深く頷いてみせた。
「 案外、明日になれば元の姿に戻っていたりするかもしれないしな 」
「 こんなところで討論していても始まらないのは確かだ。文献を調べるにしても、まずは食事を摂ってから、だ 」
そう結論が出たところでヒイロと五飛は、食事の前にトロワを寝間着から着替えさせる必要性を思い立つ。クローゼットから服を取ってきてやろうと考えたところで二人は、大きな声を上げた。
「 ト、ト、ト、トロワーーーーッ! 」
「 ちょっと待てーーーーーーッ!! 」
どうやらトロワも、着替える必要性があると思ったらしい。二人の目の前で上衣を、何の躊躇いもなくスルリと脱いでしまったのである。
トロワが着替えている姿など、同じ男性であった時から、目の毒だと思っていた程の二人なのだ。
それが、今のトロワは……………。
クルリと背を向けたかと思うと、力一杯叫んでいた。
「 い、今、着替えを取ってきてやるから……! 」
「 それまで服は、脱ぐな! 」
だが、そんな二人の反応は、トロワにとっては不思議な事であったようだ。
「 どうしてだ? いつもはそんな事、気にもしていないだろう? 」
今度は心の中で 『 今日は、いつも以上に気にせずには、いられない状況だからだろうが!! 』 と絶叫する。
しかし、そんな事を口にするわけにもいかない。
「 とにかく、だ。すぐに着替えを取ってきてやるから……! 」
「 いいな。それまでは絶対に、服を脱ぐなよ! 」
そう念を押すと二人は、先を争うようにしてクローゼットへと向かった。
********** vol.1 後記 **********
やはり私は、ブラコンなトレーズ様だったり、トロワに激甘なヒイロと五飛を書いたりするのが、楽しくて仕方がないようです。そして、それはvol.2以降も、恐らく変わらないのではないかと(^_^;)
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